風の村花日記

今日のボランティア報告

 今日は、風の村から3人、柏介護ステーションから2人が旭にボランティアに行ってくれました。
以下は、風の村の伊藤さん、同じく作田遥さんからの報告です。
柏介護の職員からの報告は明日掲載できると思います。

只今風の村に到着しました。旭市に到着したときは、どこに被害があるのか分からないほど、お店が開いていました。しかし海沿いに近づくと家屋が津波によって倒壊していたり、道路が陥没していたり、ガードレールが津波で壊れていました。
ボランティアの内容は津波によって被害を受けた、家の家具や砂の撤去作業を行いました。いざ作業を始まると、何処から手をつけていいか、分からないほど被害がありました。家の持ち主の方が自分の家の家具や砂の撤去作業をしているのを見てどう思ったかと、色々考えてしまいました。
作業はとても大変で、冷蔵庫、テレビなど運び、なかでも、畳が海水を吸い一番重かったです。作業時間はボランティアの方が2000名近く集まった、おかげで12時~15時までの作業でしたが、その三時間でボランティアの方と、作業も無事に終わり、とても大変でしたが、道で会う人に「ありがとうございます」と言われボランティアをやって良かったと思いました。  
                                                             伊藤仁志
                                                                     飯岡に到着すると、各地からあつまったボランティアの方々がすでに列になっていました。地元の高校の野球部の少年達、同じ八街から来たという若い人のグループ…。様々な方が被災地の力になる為に集まり、スタッフさんは地域のニーズに応えられるように懸命にボランティアのコーディネイトをしていました。5人で班を作り、合計30人でグループとなって現地へ出発しました。
私達が向かったのは海岸沿いの道路から50mくらい入ったところにあるお宅でした。玄関も他の扉も砂や中の物がひっかかり開かない状態。外からこじ開けると部屋の中は物がぐちゃぐちゃに泥にまみれており、”広かった”という庭にはどこからきたのかわからない屋根がありました。家主の希望は"遺影をとってきてほしい"。高齢の女性の方でした。奥の部屋にかけてあった遺影はなんとか波が届かなかったようで、そのままの状態で家主の元に渡りました。
大きな家具を撤去し、泥の中から物を拾い上げていると、写真や仏壇のもの、何かの記念と思われる物などがありました。泥にまみれ、捨てられる一見ごみに見える物は、その家庭の方達が長年そこで生きてきた思い出の品でした。…言葉が出ませんでした。ふと手に取った箱には、水に濡れてはいましたが大事にしまわれた巻物が入っていました。家主とご家族に見てもらうと「これ、言ってた掛け軸じゃない?」「あ~そうそう。持っていきます。」と鞄にしまっていました。私があの時無造作に捨ててしまっていたら、家族には還らなかったのかな、と思ったら自分の手に持っているものの重みを感じました。
作業中、窓から隣の家の様子が目に入り、そこでは被害は受けているものの、家具もあり、電気も通っていました。作業メンバーと、この家と隣の家の何が違うんだろうね、と小さくつぶやきました。
作業をすること3時間。どこから片づけていいのかわからないような状態だったお家は、家の中の泥も掃き出され、庭の屋根も撤去されました。人間の力ってすごいな、と思わずにはいられませんでした。
災害はいつどこで、誰が被害にあうか全くわからないものだと、今回ほど考えたことはありません。被災地の復興と、被害にあわれた方の日常が早く取り戻されることを強く願います。
                                                             作田 遥
by toruikeda | 2011-03-20 21:29
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